もっと柔らかいお話をしたい - 魔王はかく語りき

 ここ最近固い話ばかりしていて手触りがゴツゴツしている感じになってきていると思うので、たまにはもうちょっと柔らかいお話をしたいのです。

 例えば、希望。
 今理想的な状況にない人が、明日には理想に一歩近づけているんじゃないかと思って胸に抱く希望って、大事ですよね。
 この「希望」を奪い去られてしまったら心が折れてしまう、生きていけなくなる、というのがあると思います。
 こういう場合の希望は生存権の範疇に片足を突っ込んでいると言って良く、無碍に否定するものでも奪い取らなければならないものでもないと思います。
 この「希望」というのは人それぞれで、愛される自分になりたい、誰かを受け入れられる自分になりたい、誰かに受け入れられたい、自分を認めて欲しい、など本当に色々あるんですが、これは個々人の価値基準なので人が口出しする部分でもないと思うので、私達はただそれに寄り添えばいいのだと思います。
 たとえその人の「希望」があなたの望まない事でも、無理に否定するのではなく、「そうなんだね」と受け止めて、そしてそっと流してあげればいいのです。希望があり、それを人に伝え、受け止められた、という事がその人を強くしてくれるからです。

 もちろん「何を望んでいるんだ馬鹿じゃないのか」というような希望を抱いている人もいるかも知れませんが、その人がそれを望むのは心の支えを求めて・生きる意味を見出すという意味でその希望を持っているのかも知れませんので、気軽な断絶は生命の断絶にすりかわりかねません。
 自分にとってイエスと言えない希望であっても、聞いて、頷いて、そうなんだねと受け止めてあげる、まではしてあげた方が良いです。
 もちろん行動に移す段階になったら止めるものは止める、批判するべき事は批判するべきなんですけども、心に火を灯している事自体は批難すべきではないですし、受け止めてあげられると良いですよね、と思います。

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如月 翔也 男性